「甲子園の土」を持ち帰ったのはいつから?

球児が「甲子園の土」を持ち帰るのはいつ、だれが始めたかご存知ですか? 諸説ある中で1948年の全国高校野球選手権大会に小倉高(福岡)のエースとして出場し5試合すべてを完封し2連覇を達成した福嶋一雄さんがその人。

3連覇を狙った49年、準々決勝で倉敷工(岡山)に惜敗。福嶋投手は試合後、三塁ベンチから一塁側の退場口に向かう途中、本塁とバックネットを結ぶ中間あたりでグラウンドの土をすくってポケットにしまい込んだ。

「もう、甲子園に来ることがないと思うと寂しさがこみあげとっさに手が土にいきましてねえ」と本人の弁。

ただ、戦前の37年夏の大会で準優勝した川上哲治(熊本工)が最初とも言われていますが、ご自身は否定。その他46年夏に行われた大会の際、東京高師付中(現筑波大付)の下級生らが自分のポジションの土を集めた、という説も。ともあれ、福嶋さんの自然な心情から生まれた行為は、いまも選手の間に受け継がれています。

さて、2020年の交流試合は、ベンチの消毒作業などを速やかに行うため、出場選手が試合後にベンチ前などで甲子園の土を集めて持ち帰ることが出来なくなりましたが、後日、球場側から出場32校に甲子園の土が贈られることとなりました。

球児の青春の思い出が詰まった「甲子園の土」これからも高校野球が続く限り風物詩として語り継がれることでしょう。(ひろば編集委員・園川峰紀)