「野球=害毒?」明治時代にそんな論争があった?!

野球が日本に伝わったのは、明治5年。以後、学校を中心に全国に広がりました。しかし、野球に熱中しすぎて学業不振に陥る生徒、ボールによる校舎の破損、試合での乱闘といった様々な問題が発生したため、野球を禁止する学校があったり、全国中学校校長会議で試合の管理強化や試合目的の外泊禁止等が打ち出されたりしました。

こうした野球批判が最高潮に達したのが、1911(明治44)年の野球害毒論争です。約1ヶ月間にわたって東京朝日新聞が「野球と其害毒」等の記事を連載し、選手の学業成績の悪さや不品行、身体の不均等な発育、入場料の徴収、選手制度、勝利至上主義等を批判しました。

連載の初回には、新渡戸稲造が野球を「対手を常にペテンに掛けよう、計略に陥れよう、塁を盗まう」とする「巾着切の遊戯」と断じました。これに対して、野球関係者も読売新聞等に反論記事を執筆し、当時の大きな話題となりました。

野球害毒論争から4年後の1915年、大阪朝日新聞は全国中等学校優勝野球大会(現在の「夏の甲子園」)を創設します。その際、「凡てを正しく、模範的に」を大会キャッチフレーズとし、試合前後に選手が本塁付近であいさつする礼式も始めました。これは、害毒論争で野球批判を繰り広げた朝日新聞社が、大会を開催することを正当化するとともに、それを全国にアピールすることがねらいでした。

現在、試合前後のあいさつは全国に普及していますが、それは野球害毒論争をきっかけにして創られたのです。(ひろばライター・中村哲也)

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