新スポ連 スポーツ科学研究所「第16回オンラインシンポジウム」(2023.5.27)より
山崎 健(新潟大学名誉教授)
問題提起 パフォーマンスとトレーニングの構造を探る

トレーニングのプロセスでのリアリティ
運動が進捗するとエネルギー供給系は変化します。運動を繰り返すと疲労感が生じますが、それでも効率的に運動するためには適切なスキルへの変化が必要です。例えば長距離ランニングでは、「ランニング効率(エコノミー)」が重要です。距離が変われば、それぞれの速度に応じたランニング効率とスキルが求められます。
田畑泉氏(立命館大学教授)は、高強度で短時間のインターバルトレーニング(HIIT)について、最大酸素摂取量の170%強度の運動を20秒間継続し、10秒間の休息を繰り返すプロトコール(手続き)によって、「最大酸素摂取量」と「最大酸素借(無酸素能力)」の両方が改善される可能性を指摘しています。ただし、それぞれのスポーツ種目によって適切な運動強度と形態は異なると考えられので、田畑教授もスポーツ別の方法を提示しています。
2021年の東京五輪陸上競技100mでイタリア人初の金メダリストとなったジェイコブス選手は、自動車でけん引される「盾」の内部でスプリント走を行い、時速49㎞を記録したというトレーニング方法が放映されました。以前はロープでけん引する「トゥー・トレーニング」が行われていましたが、腰にロープを固定することで動作が不自然になると指摘されていました。
最近話題のトレーニング方法
コンディショニングコーチとしてアメリカで長年指導しているM.ボイル氏は、ファンクショナルトレーニングについて、「トレーニングが理にかなっていることが重要であり、コーチは選手に理にかなったトレーニングを作成しなくてはならない」と指摘しています。

オランダのスポーツ科学者であるF.ボッシュ氏は、筋力強化トレーニングとコオーディネーション(注)の関係について、スポーツにおける運動学的な複雑系を前提とし、筋力強化エクササイズからスポーツ動作への転移での運動感覚の同一性を指摘しています。また、「身体は、制御能力を効率的にしようとするため、多くの状況で使用できる動作パターンを学ぼうとする。逆に一つの状況でしか使うことのできない動作パターンは、興味深くなく、学習が困難になる」と述べています。トレーニング条件の多様化が問われています。
エネルギー供給系と運動習熟がそれぞれの状況に対応して適応し、高度に組織化された運動遂行状態を生み出すことによって、「連関(Linkage)」や「調和(Harmony)」が実現されます。効率的なスキルモードであっても、エネルギー供給系が変化すれば「ミスマッチ」を生じ、運動経過に破綻をきたします。だから、「適応制御」が必要となり、これが「コーディネーション」や「巧みさ(デクステリティ)」を生じる要因です。
運動経過に破綻をきたさないために、運動スキルをエネルギー供給系の変化に合わせて適切に変化させる必要があります。そのため、トレーニングにおいては疲労の進行に適した運動スキルの獲得や発揮が重要です。
2021年の東京五輪・パラリンピック選手の成功は、国立スポーツ科学センター(JISS)やナショナルトレーニングセンターを統合した「ハイパフォーマンススポーツセンター」のサポートによるものでした。過去の五輪大会でも数億円をかけた「マルチサポートハウス」が設置され、選手サポートに役立ちました。
ただし、このような充実したサポートを受けるには「ナショナルチーム」や有力な「実業団」などに所属する選手やチームである必要があります。一般のアスリートやチームにとっては財政的な根拠がないため、高度な競技活動の継続が困難です。
最近では市民スポーツのレベルでも「動作解析」「ゲーム解析」「VD空間によるイメージトレーニング」「オンライン栄養管理ソフトウェア」などを利用することが可能になっています。ただし、これらを効果的に活用するには「アドバイザー」や「トレーナー」の存在が必要です。そのため、新日本スポーツ連盟、全国ランニングセンター、全国勤労者スキー協議会所属のクラブが情報発信を進めることで、役立つ役割が期待されています。
「スポーツのひろば」2024年4月号より