筋肉はどうやって動くの? ―身体運動を実現するもの

当たり前のことですが、スポーツは、筋肉を動かすことで成り立ちます。それでは、筋肉はどういう仕組みで動いているんでしょうか? 今回は、運動生理学を研究している山崎健先生のお話から筋肉についての「最新情報」を紹介します。

構成=編集部 イラスト=いわいえみ

山崎 健(やまざき・けん)
新潟大学教育学部・保健体育スポーツ科学講座教授。体育・スポーツ科学における運動生理学を中心とした研究を行う。日本運動生理学会理事・評議員。新潟大学陸上競技部部長兼コーチ兼トレーナー。自ら市民ランナー(マスターズM60三段跳選手)でもある。

速筋系にも2種類ある!?

筋肉の分類について、昔は「速筋と遅筋」という程度しか私たちは習いませんでしたが、今は3種類の筋線維があると言われています(図1)。

遅筋はマグロと同じように赤い筋肉で、収縮速度は遅いが持久力に優れています。一方、速筋は白身魚のように速く動く筋肉です。同じ速筋系でも、その中間的な筋肉は、収縮速度がやや遅くて、やや長持ちするという性質を持っています。

速筋と遅筋の割合は人によってさまざまで、その比率は一生変わらないと言われています。長距離選手の腓腹筋では遅筋系が8割を占めますが、短距離選手は3割ほどしかないそうです。ただし、短距離選手でもマラソンの練習をすると、そこそこ走れるようになります。長距離選手も、速筋系を持っていますのでトレーニングすれば速く走れます。

3つのエネルギー生産システム

筋線維は3種類あると述べましたが、筋肉の細胞でエネルギーを作り出すシステムも3種類あります。私は、人間のエネルギーの作り方を「ソーラーパネル付ハイブリッド自動車」と名づけています(図3)。



まずは、スタートダッシュなど瞬発的な動きに使われるバッテリー部分(ATP-CP系)。ここでは、酸素を使いません。乳酸も出ません。とにかくバッテリーの力だけで、ポンといきます。ただし、このバッテリーが持続できる時間は7秒ぐらいと言われています。


次に、グリコーゲンという糖を分解してエネルギーを生み出すガソリンエンジンに相当する部分(解糖系)があります。このエンジン部分でエネルギーを供給できる時間は33秒。その間に乳酸が生成されます。よく「乳酸=疲労物質」と言われますが、それは間違っていると言われています。乳酸は、筋肉にたまるとやや酸性になって運動しにくくなりますが、実は非常に使いやすいエネルギー源だということがわかってきています。


そして、もう一つのシステムがソーラーパネル(酸化系)です。細胞内のミトコンドリアが酸素を使って、炭水化物や脂肪を燃やしエネルギーをつくります。これは、ノロノロといつまでも続けることができます。エンジン部分で出された乳酸は、ここで使われます。

なぜ3種類×3種類なのか?

バッテリーやエンジン部分のように酸素を使わないでエネルギーを作りだすシステムは、瞬間的に大きな力を出すことができるけれど、40秒ぐらいしか持ちません。一方、ソーラーパネルのほうは、スピードやパワーはないけれど長時間の運動を続けることができます。

そうすると、「速筋=バッテリー+エンジン」「遅筋=ソーラーパネル」という役割分担がされているのかなと考えられそうですが、実はそうではありません。不思議なことに速筋も遅筋も、その中間的な筋肉も、それぞれ3つのエネルギーシステムを持っています(図4)。

遅筋は、酸素を使って長時間運動するのに都合がいい能力を持っていますが、バッテリーやエンジン部分もちょっと持っています。速筋も、バッテリーやガソリンエンジンに相当する部分を持ちながら、若干ソーラーパネルの部分も持っています。

これを私なりに「スリー・バイ・スリーシステム」と言っています。このようにエネルギー生産システムがそれぞれの筋線維に混ざっているほうが、どうやら都合がいいようです。

もしこれが単一システムだと、破綻するのではないかと思います。例えば、100m走について考えてみますと、実際のスピードは60m以降低下しているんですね。末續慎吾選手が「100mは持久走です」と言うように、短距離でも遅筋の持久力が必要なんです。

一方、マラソンでは速筋が非常に大切だということが言えます。いま男子のトップ選手は100m17秒台、1000m3分切っていますから、スピードが要ります。また、速筋は器用な筋肉、遅筋は不器用な筋肉という性質があります。実は、上手に走るためのランニングスキルは、速筋によるものなのです。

では、どうしてひとつの筋肉の中に3種類の筋線維と3種類のエネルギーの作り方があるのでしょうか。

昔は、「速筋は、グリコーゲン(糖)を使って大きな力を出すけど、酸素が足りなくなって乳酸がたまるので動けなくなる。また遅筋は、酸素が十分にあるのでグリコーゲンをたくさん分解できる」と言われていました。

ところが、数年前に東京大学で乳酸を研究している八田秀雄先生が、新しい説を出しました。それが「乳酸シャトル」という考え方です(図5)。

速筋でも、酸化系のエネルギー生産を行うミトコンドリアを一応持っていますが、それほど能力がありません。だから、遅筋が隣り合っていると都合がよくて「お願い、これを何とかして!」とたくさん出た乳酸を渡すことができます。

遅筋(や中間筋)にとって乳酸は、グリコーゲンから1回分解されて使いやすいエネルギーなので、ミトコンドリアでドンドン処理ができるというわけです。

これが、ひとつの筋肉に2種類の速筋と遅筋が隣り合っている理由だと思います。速筋が「この乳酸をお願い!」と言うと、遅筋が「わかったよ。オレがどんとエネルギーに変えてやるから」ということで、スリー・バイ・スリーシステムになっているのではないかと考えています。

筋ごとに筋線維組成が違う

速筋と遅筋の割合は、人によってそれぞれ違いますが、同じ人間でも筋肉の部位によって変わってきます。これは、関節ごとに動きの役割が違うからです。また、同じ筋肉でも、伸ばすほうの筋肉は速筋、縮むほうの筋肉は遅筋の割合が多いのです(図7)。

例えば「肘を伸ばす」場合、モノを投げる、何かを殴るなど速い動作が多いので、このときに使う筋肉は速筋が多いです。反対に「肘を曲げる」力こぶの筋肉(上腕二頭筋)は、腕でモノを保持し続けるときに大事なところなので遅筋が多いのかなと思います。

ヒラメ筋は、なぜ共通性が高いのでしょうか。この筋肉は「カカトとスネの骨をつなぐ」役をしていますが、やることは一つしかないんですね。体重を支えること。だから、そんなに器用に動かす必要はないので、大部分が遅筋で占められているのではないかと思います(図9)。

スキルを支える速筋系 ついでに手伝う遅筋系

いま私が考えているのは、速筋がスキルを支え、遅筋がそれを補完的に手伝うというメカニズムになっているんじゃないかな、ということです(図10)。

器用な速筋は、動作する際の主要な力も出しますし、運動の方向(どの方向に筋肉を伸縮させるか)を決定します。運動のスキルを支えているわけです。

一方、遅筋は、ミトコンドリアで乳酸を利用してエネルギーをつくりますが、速筋が決めた方向に力を補っているのではないかと思います。少ない力でも、正しい方向にうまく合わせれば大きな力にすることができます。

例えば、100m走は速筋だけが使われるかというと決してそんなことはなく、全部動いているんですね。ただ、速筋が使われる割合が高いということ。短距離走でも、ハイピッチのスプリントではやや遅い筋繊維群も一緒にお手伝いしているのです。

昔は、「マラソンは遅筋だけで走っているんだよ」という考え方でした。しかし、効率の良いランニングが求められる現在は、速筋も重要なんですね。ということを考えると、スリー・バイ・スリーシステムは、実にうまくできている仕組みではないかと思います。

「スポーツのひろば」2012年10月号より