トレーニングのリアリティを探る

新スポ連 スポーツ科学研究所「第16回オンラインシンポジウム」(2023.5.27)より
山崎 健(新潟大学名誉教授)

問題提起 パフォーマンスとトレーニングの構造を探る

瞬時の動作切り替えのメカニズムは何か?

運動するとき、適切な動作を作り出すシステムは「運動スキル」とも表現され、状況が変化しても柔軟に対応するシステムを「運動習熟」と言います。旧東欧圏では、「ダイナミック・ステレオタイプ」と呼ばれ、通常の「型にはめるという考え方(ステレオタイプ)」とは違うメカニズムだと考えられています。

私は、「ダイナミック・ステレオタイプ」のモデルを提案し、大脳皮質運動野の働きが、小脳の補正機能と結びついて、うまく対応できる仕組みを示しました。小脳は、運動経過(例えばテイクバック~フォアワードスイング~インパクト~フォロースルーという一連の動作)に補正をかける働きがあります。野球の打者が「ストレートと判断」してスイングを開始したが「あれ、フォークボールだ!」とタイミングを変えインパクトを補正するのは小脳の働きです。

しかし、「何が」こうした補正を引き起こしているのかは、まだ明確にされていませんでした。脳科学研究者の木村實氏は、予測報酬誤差が少ないと、大脳基底核が習慣的な行動を「運動の連鎖」として導き出すことを指摘しています。

プレイのストーリーの中でのいくつかある選択肢の中から、その条件下での最適な解を予測して実行し、それがうまくいくと大脳基底核の働きで「ドーパミン作動性」が高まり、達成感を得られます。「予測通りにうまくいった」という報酬感覚が作動して、強化学習が成立するようなのです。そして、大脳基底核が他の補正系を抑制し、適切な補正系だけを活性化させる特別な役割があると考えられています。つまり、あらゆる補正のなかで「どの補正が必要か?」を選んでいるのが大脳基底核のようなのです。

巧みさを「生起」させるものは何?

スポーツでは、正確なパフォーマンス(同じコースにボールを投げる・打つ・蹴るなど)をするために、「一定のフォームで動作ができること」が求められることがありますが、実は私たちの身体は「機械のような正確さ」では動いてはいないようです。

1930年代に、ロシアの生理学者・ベルンシュタイン氏は、上手くいっている周期的な動作(例えば連続した釘打ち動作)も正確には反復されていないことを指摘しています。これは「冗長度」という概念で表現され、ほぼ同じ軌道なのだが微妙にずれながら正確に釘を打っていることを示します。

運動経過の進捗に伴い、環境は変動します。ターヴェイ氏らは、行動する主体に対する「エコロジカル・アプローチ」という考え方を示しました。これは、佐々木正人氏の「エコロジカル・リアリズム」と「アフォーダンス」にも関連しています。

与えられた環境の下、最適な対応を見つけ出し、調整してスキルを習得するということです。バスケのシュート練習であれば、中央からシュートを打つのに慣れてきたら、不慣れな環境(立ち位置を変える、パスを受けてからシュートする、目の前にディフェンスが立つなど)で練習します。こうした環境の変化にうまく対応することは、視覚情報、身体情報(加速度や平衡感覚、筋感覚)、運動経過の予測と修正によって実現されると考えられます。

佐々木氏は、卓球選手の高速スマッシュを分析し、その結果の正確性とともに、打球する瞬間の最終局面でボールの視覚情報から微妙な修正をしているというデータを示しました。

また、柏野牧夫氏は、桑田真澄さんのピッチングフォームを測定し、外角低めに30球の正確な投球をしているにもかかわらず、頭の位置やボールのリリースポイントが14㎝もずれていることを指摘しています。つまり、運動のなかの動作は、正確さを実現するために冗長性を持っていて、それが「巧みさ」を生み出すメカニズムを支えているのです。

「スポーツのひろば」2024年3月号より

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