著者については、食べ物と料理について書くイメージしかなかったので、アスリートに取材してルポを書いたと知って驚いた。取材は5年に及び、食べ物のエッセイストからアスリートの身体を描くルポライターが誕生した。と言っても食べ物から離れたわけではなく、アスリートの身体と食べ物の関係に踏み込んだとも言えるだろう。
相撲という競技では、体を大きくするために、筋肉と脂肪の両方をつけるのが戦略であり、様々な工夫を凝らしたちゃんこ鍋が食べられている。プロレスラーの食事も鍋が基本ではあるけれど、身体の大きさよりもキレの良い動きや技が要求されるし、“魅せる”要素も重要になる。棚橋弘至は、「鶏皮はいつも外して食べる」に象徴されるように、栄養学・トレーニング法も学んで、ストイックに身体作りをしてきた。
スポーツ用のサプリメントの進歩を取材し、その効果を調べつつも、最後は「あくまでも補助」であり、「魔法の杖になるわけではない」と妥当な意見をのべている。別の個所では、欧米で見直されている考え方として、Real food not nutrients(栄養素ではなく、食べ物で)も紹介されている。
今やスポーツ栄養学の第一人者になった鈴木志保子は、「バランスよく食べよう」という考え方は止めようと言う。必要な栄養は選手によっても、競技種目によってもちがうので、万人に共通のバランスはあり得ない。鈴木のレクチャーで栄養の取り方を変えてパフォーマンスを上げた山本憲二は、「自分を変えて修正できなければ、…すぐに限界が来る」とも述べている。
マラソンの新谷仁美を取材しながら、指導者と選手の関係を指摘している。「指導者はあくまでも指導するものであって、ボスではない。指導者も選手も同等なんですよ。…なのに、上に立って自分の王国を作りたい指導者が多いのですが、選手を支配するのと指導は、意味が違います」と。
「スポーツのひろば」2023年10月号より