“マルチランナー”ってあり?|スポ研所長 やまけん先生のブログ!〈26〉

山崎 健(やまけん先生)
新日本スポーツ連盟附属スポーツ科学研究所所長。新潟大学名誉教授。専門分野は運動生理学、陸上競技のサイエンス。マスターズM65三段跳&3000m競歩選手兼前期おじいさん市民ランナー。

2020年10月8日の男子10000mで、チェプテゲイ選手(ウガンダ)が26分11秒00秒の驚異的な世界新をマークし8月にマークした5000m(12分35秒36)と合わせてダブルタイトルホルダーとなりました。それまではベケレ選手(エチオピア)が、2004年と2005年に両種目で世界記録を保持しており15年ぶりの出来事です。

ただし、レースには5000mまでペースメーカーがついており、一発勝負で駆け引きもある世界選手権やオリンピックとは異なります。マラソンでは、ナイキやイネオスのプロジェクトが「2時間の壁」への挑戦を続け、世界記録(2時間1分39秒)保持者のケニアのキプチョゲ選手が、X陣形のサポートランナーとレーザーでのペース誘導などに支えられ、非公認ながら1時間59分40秒をマークしました。ちなみにキプチョゲ選手の五輪連覇へのライバルは、ベケレ選手です。

ベケレ選手は5000mからフルマラソン(2時間1分41秒)までトップクラスの記録を出しており、まさに「マルチランナー」の代表格です。2008年に人類初の2時間4分の壁を破ったゲブレセラシエ選手(エチオピア)もトラック出身のマルチランナーでした。古くは、1952年のヘルシンキ五輪で、有名な「インターバルトレーニング」の創始者であるザトペック選手(チェコ)が5000m、10000m、フルマラソンを制しています。

5000mからその8倍以上(時間では9・7倍)ある42・195Kmでもトップクラスの成績を収める選手の特性を運動生理学的に説明することは難しい問題です。ボルト選手のような100m・200mタイプのマルチランナーと、ジョンソン選手のような200m・400mタイプのマルチランナーについては速筋線維と遅筋線維の筋組成やハイパワー系やミドルパワー系というエネルギー供給系の比率などから推察はできるのですが、長距離種目ではプロポーションの問題やランニングスキルなどが関与する「ランニング効率(エコノミー)」の問題が絡んでくるので複雑なのです。

また持久力の指標とされる「最大酸素摂取量」は5000mと相関が高いのですが血中乳酸濃度4Mmol/dl時の疾走速度(LT)はフルマラソンと相関が高いとされています。では「マルチランナー」ではどうなのかというと、まだまだデータがそろっていないのでよくわからない部分が多いのです。

ただマラソンで好記録が出せるようになるためのトレーニングはかなりの時間と経験が必要なようで、トラックランナーから転身した30歳代以降に好成績を残しているようです。

「スポーツのひろば」2021年1・2月号より

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