ドーピングはなぜいけないの?|スポ研所長 やまけん先生のブログ!〈35〉

山崎 健(やまけん先生)
新日本スポーツ連盟附属スポーツ科学研究所所長。新潟大学名誉教授。専門分野は運動生理学、陸上競技のサイエンス。マスターズM65三段跳&3000m競歩選手兼前期おじいさん市民ランナー。

北京冬季五輪・女子フィギュアスケートで、15歳のロシアオリンピック委員会(ROC)・ワリエワ選手のドーピング問題が話題となっています。またロシアなの…というコメントが多いのは、ロシアの場合は競技団体やアンチドーピング機構(RADA)自体も関与する「国家ぐるみのドーピング」が行われている疑惑があるからです。

実はロシアの国家ぐるみのドーピング疑惑は、2010年のバンクーバー冬季五輪で不振を極めたロシア選手団(冬季五輪はロシアの看板種目)に対してプーチン大統領が「怒りの檄」をとばしたことで本格化したとの噂もあり、ドーピングによる競技力向上は「最も経費の掛からない強化方法」なのです。

ただ、ワリエワ選手は誰が見ても「とびぬけた能力がある」ように思われドーピングなどは必要がないように思います。だからこそ逆説的に「組織的ドーピング(誰彼構わず適応する)」が疑われているのかもしれません。

ではドーピングはなぜいけないのでしょうか?

「使用禁止薬物使用」や「規制違反」が根拠としてあげられるのですが、ではなぜ禁止や規制があるのかということとなります。

旧東ドイツでの筋力増強剤などの過度な使用は、重篤な後遺症や女性の男性への転換など健康上の重大な被害を引き起こしました。「健康被害」は本当に深刻な問題で、統計的に計上されていない死亡例は相当数に登ると指摘されています。現在も女子400mの世界記録(1985年)保持者であるマリタ・コッホ選手が「普通の身体に戻すトレーニング」をやらざるを得なかったとする映像が放映されました。

また「スポーツの価値」として考えれば、ドーピングによって樹立された記録や栄光はあくまでも「偽物」であり選手本人の自己肯定感や人生観自体を崩壊させてしまうもので、スポーツの公正性やフェアプレイ精神を根本から覆すものにほかなりません。

一方、選手強化システムとして考えれば、経済的な問題から十分なトレーニング環境のサポートが得られない国の選手やチームがあるのも事実で、ドーピング以外の潤沢な競技サポートを受けることができているスポーツ大国の選手やチームとの「不平等感」「不公正感」は依然として残ります。

スポーツの成果を高めるためには「トレーニング」「食事」「休養」の組み合わせによる「スポーツライフ・マネジメント」の重要性が指摘されています(筑波大学名誉教授・鈴木正成先生)。実はドーピングはこのプロセスに「一つの間違い」として侵入してくるもので、ビタミン剤などのサプリメント摂取との境界は不透明で、唯一「禁止薬物リスト」「規制違反」が根拠となり、現在では禁止薬物リストにないものでも「効果」を認識して使用するとドーピングと認定されます。

「スポーツのひろば」2022年5月号より

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