「筋トレ」は何のための筋力アップ?|スポ研所長 やまけん先生のブログ!〈32〉

山崎 健(やまけん先生)
新日本スポーツ連盟附属スポーツ科学研究所所長。新潟大学名誉教授。専門分野は運動生理学、陸上競技のサイエンス。マスターズM65三段跳&3000m競歩選手兼前期おじいさん市民ランナー。

筋トレは「筋出力アップによるパフォーマンス改善」を課題としています。ところが私たちの身体は大変複雑にできていてパフォーマンスはあくまでも「相対的」かつ「総体的」に決定されるようなのです。

脚の伸展力に関わる大腿四頭筋(太もも前面)は、膝関節には「伸展」作用をしますが股関節では「屈曲」作用をします。一方、太もも裏側のハムストリングスは、膝関節には「屈曲」作用をし股関節には「伸展」作用をします。あるタイミングでは適度に共同性に収縮して膝関節を「固定」してバネを生み出します。

ですから大腿四頭筋の筋トレは、どのような動きを目的としてどのような方法(負荷と速度)で実施するのかが重要となってきます。

100m走のような一見単純な課題であっても、「スタート」「加速」「等速維持」「失速回避」という全体の戦略が重要です。実は20世紀の戦略は、60mまでに得られたトップスピードをそれ以降いかに維持するのかというふうに理解されていたのですが、どうやらそれではベストタイムが狙えないようなのです。

21世紀の100m戦略は、70mまで自分の最高速度を出さず(出してしまうと最後まで持たない)そのまま低下を防ぐ方が結果として最速タイムが出るようなのです。後半のランニングスキルは、いかに速度低下を防ぐのかが重要な課題となり、筋力は速度低下を防ぐランニングスキルを維持するために発揮されます。100mはスタート競争でも50m競争でもないので最後にベスト記録を残すというのが本来の課題です。

「科学的経験論」に陥りがちなコーチには、全体の戦略やバランスにも注意を払ってもらいたいです。スタート先行は決して悪いことではないですが、それを中心課題とするトレーニングだけでは最速タイムは望めないのかもしれません。

私たちの研究では、100mを10秒台で走るスプリンターが同一タイムで走っても、日によって疾走速度とストライドとの相関が高いケースもあれば、ピッチとの相関が高いケースもあります。その日の身体状況に応じて戦略を変えているのです。

どんな選手でも「体幹トレーニングの重要性」は指摘されていますが、それをどのように実践してゆくかは選手とコーチの経験と決断にゆだねられているといってもよいのです。「本当に普遍的で確実なトレーニング方法」は存在せず、選手の身体状況やパフォーマンスをモニターしながらトレーニング内容を再検討していく必要があるようです。

「スポーツのひろば」2022年1・2月号より

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