「多様性」と「定型化」の違いは?|スポ研所長 やまけん先生のブログ!〈38〉

山崎 健(やまけん先生)
新日本スポーツ連盟附属スポーツ科学研究所所長。新潟大学名誉教授。専門分野は運動生理学、陸上競技のサイエンス。マスターズM65三段跳&3000m競歩選手兼前期おじいさん市民ランナー。

運動経験が豊富であるということは、様々な条件変化に対応できる(多様性がある)ことを意味します。一方、スポーツ動作の実施には一定で安定した運動経過の発揮(定型化している)が求められます。

これは一見「矛盾」しているように思われます。実は私たちの身体は「機械のような正確さ」では動いてはいないようで、1930年代にロシアの著名な生理学者・ベルンシュタインは、上手くいっている周期的な動作(例えば連続した釘打ち動作)も正確には反復されていないことを指摘しています。これは「冗長度」という概念で表現され、ほぼ同じ軌道なのだが微妙にずれながら正確に釘を打っていることを示します。

私たちの身体は上肢や下肢、頭部や体幹といった多くの節(セグメント)から構成されているので「機械のように正確に」動かすことは困難なので「同じような軌道」を描くような「冗長度(ある程度のいい加減さ)」を持っています。1%ずれたからといって破綻するようなシステムは現実的ではなく、5%とか10%のずれを想定してその状況でも運動が実現できるように反復練習をして対応します。かつて日本インカレにも出場した走高跳選手が「助走-踏切準備-踏切-空中動作-クリア」のそれぞれが100%上手くいくことはあり得ないので95%程度の冗長度で対応して「最高の跳躍を実現する」ように練習をしています・・とコメントしていました。

この「冗長度」を支えている神経システムは「大脳基底核」と「小脳」と考えられています。小脳は運動経過(例えばテイクバック~フォアワードスイング~インパクト~フォロースルー)に「補正」をかける働きがあります。「ストレートと判断」してバットスイングを開始したが「あれ、フォークボールだ!」とスイングのタイミングを変えインパクトを補正するのは小脳の働きです。そして「どの補正が必要か?」を選んでいるのが大脳基底核のようです。大脳基底核の疾病であるパーキンソン病は、この補正をするディレクターが機能を失いそれぞれのパターンが「勝手に動きだす」ので手足の振顫に代表される様々な症状が現れます。

NHK番組「ヒューマニエンス”天才”」(2021年放映)では、将棋のプロ棋士は瞬間的に提示される「詰め将棋」の判断に80%程度の正確さで対応しており、その際プロ棋士ではこの大脳基底核が働いていることが示されました。田中寅彦棋士は「アマチュアの方は算数を解いているようだが私たちは音楽を演奏している芸術家のような感覚だ」との大変印象的なコメントを残しています。じつは大脳基底核は意識に上ることはないものの情動や感情にも関与している部位なのです。

「スポーツのひろば」2022年9月号より

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