マラソンランナーの「高糖質食」?|スポ研所長 やまけん先生のブログ!〈44〉

山崎 健(やまけん先生)
新日本スポーツ連盟附属スポーツ科学研究所所長。新潟大学名誉教授。専門分野は運動生理学、陸上競技のサイエンス。マスターズM65三段跳&3000m競歩選手兼前期おじいさん市民ランナー。

非公認ながら人類初のマラソン2時間の壁を突破したキプチョゲ選手の「高糖質食」が話題となりました。米国やオーストラリアや南アフリカなどの長距離トップランナーのPFCバランス(タンパク質と脂質と糖質の割合)が、ほぼ[20:30:50]であるのに対して、ケニアのランナーは[12:12:76]という「高糖質食」であることが紹介されていました。ただ、現在のスポーツ栄養学のデータからすると[20:30:50]というPFCバランスは「ジャンクフード・メニュー」とされているので「本当に?」と思ってしまいます。

スポーツ栄養学では和食の基本[15:25:60]が理想とされ、総摂取カロリーの増大にともなって1gあたりのカロリーが4Kcalと少ない糖質が減少(量が増えて消化しきれない)して9Kcalである脂質が増加します(1日4500Kcalの場合は[13:30:57])。

かつての水の超人・フェルプス選手の1日12000Kcalのメニューはあまりにも有名な話ですが「ジャンクフード」や「エナジードリンク」も加えないと賄いきれなかったようです。

ケニア人ランナーの高糖質食は、パンやご飯やジャガイモと砂糖たっぷりのお茶(チャイ)に加え、トウモロコシ粉の「ウガリ」が有名です。そしてこのような運動習慣(トレーニング)と食事習慣を長期間継続することにより、小腸内の絨毛線維の糖質トランスポーター(運搬体)が増加し、糖の吸収能力を改善するとの英・ラフバラ大学のユーケンドロップ先生の「腸トレーニング説」を紹介していました。

また、運動中の糖質飲料摂取に関しては、糖質濃度が8%を超えると水分吸収が制限され上限の16%では水分利用曲線が最低になるという従来のデータに対して、血糖値の上昇の指標であるグリセミック・インデックス(GI値)の低い「イソマルツロース」という糖を含んだ飲料の有効性も指摘されています。キプチョゲ選手らの摂取する「高糖質ドリンク」は、胃酸でゲル状に変化する物質を含み、高糖質に反応する十二指腸の信号による胃の通過制限機能(腸での下痢症状を防ぐため)を発現せずに小腸に糖質を送り込む可能性があるとのことでした。

ただ、長期間のトレーニングと高糖質食や高糖質ドリンクで「世界新記録」を生み出しているのは今のところキプチョゲ選手に限られていることから、やはり最後には「本人の才能」がパフォーマンスを決定しているようでもあります。

〈参考〉NHK番組「超人たちの人体」2021年放映/小林修平・樋口満(編)「アスリートのための栄養・食事ガイド」(第一出版)2014年/鈴木志保子「スポーツ栄養学」(日本文芸社)2018年

「スポーツのひろば」2023年5月号より

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