「日本製の砲丸」がメダルを独占?!

 

日本の砲丸投げ選手が強かったわけではありません。競技で使われる砲丸、スポーツ用具としての砲丸は日本製が優れていたという話です。アテネ五輪の男子砲丸投げでは、金・銀・銅のメダルを取った3人の選手は、日本製の砲丸を使っていました。
砲丸の直径と重さは、国際規格で決められていて、一見したところでは違いはないように見えます。ではなぜ日本製が選ばれたのでしょうか。
砲丸投げの競技場には、米国製、インド製など数か国で作られた砲丸があり、その中から好みの砲丸を選んで使うことになっています。偶然日本製が選ばれたわけではなく、はっきりした理由がありました。「世界一の魔法の砲丸」を作ったのは、埼玉県にある辻谷工業の辻谷政久さんでした。
砲丸は鋳鉄、つまり鋳物で作られます。溶かした鉄を砂型に流し込んで作りますが、溶けてから最初にでてくる鉄と残りの鉄では比重が違います。どの当たりの鉄が良いかを決めるとともに、砲丸の中心に重心が来るように外側を旋盤で削って、微妙に調整するのが、辻谷さん流でした。
他の国の砲丸は、ドリルで穴をあけ中心に重いものを詰めて、外側をペンキで隠すような作りでした。辻谷さんの砲丸が選ばれた理由は、重心と中心がピタリと合っていたことでした。2000年のシドニー五輪、1996年のアトランタ五輪でも、3つのメダルは日本製が独占していました。
しかし2008年の北京五輪には、中国の人権侵害などを理由に砲丸を提供せず、その後の五輪にも提供しないまま、辻谷政久さんは2015年に亡くなりました。残念ながらアテネ五輪を最後に、日本製砲丸の独占状態は途絶えてしまったのです。(ひろば編集委員・西條晃)
「スポーツのひろば」3月号より