「超人」は本当に人類を超えるのか?|スポ研所長 やまけん先生のブログ!〈29〉

山崎 健(やまけん先生)
新日本スポーツ連盟附属スポーツ科学研究所所長。新潟大学名誉教授。専門分野は運動生理学、陸上競技のサイエンス。マスターズM65三段跳&3000m競歩選手兼前期おじいさん市民ランナー。

五輪やパラリンピック、世界選手権などが近づくと「スーパーアスリート」が話題となります。確かに驚異的なパフォーマンスを発揮しているので「人類を超えている?」と考えてしまいますが、本当にそうなのでしょうか?

骨や関節、筋肉の数が多いわけではありませんし、エネルギー源も糖質とタンパク質、脂質とビタミン・ミネラル以外を利用しているわけではありません。

実は、「ドーピング」もこの人類のメカニズムの枠から、はみ出しているわけではありません。「トレーニング」「食事」「睡眠」というサイクルの中に生理的基準以上の「物質」を加えているわけです。

女子800mのセメンヤ選手(南アフリカ)は、本人の分泌する「テストステロン」の値が高いという理由で2大会連続の金メダル種目800mに出場できないという理不尽な扱いを受け、やむなく5000mにチャレンジしたという経緯があります。

パフォーマンスの「絶対値」は通常のアスリートよりも高い「超人」ではあるわけですが、決して人体のメカニズムを無視して運動を実行しているわけではありません。

ただ、「運動の制限因子」は厳然と存在しており、そのメカニズムと制限レベルがトレーニングにより変容しているようなのです。

パラアスリートの女子車いすランナー、マクファーデン選手が心拍数170拍/分を越えた状態から28分間継続して運動ができる(他のマラソン代表選手は18分程度)データが示され、脳の運動に直接かかわる部分以外の関与が示唆されていました (2017、NHK放映)。

脳のこのような「代償性適応」は視覚障がい者や聴覚障がい者で指摘されてきたことなのですが、健常者であってもトップアスリートたちは、不断のトレーニングにより何らかのメカニズムを変容させて「超人」になっているようなのです。

パワーリフティング競技で健常者を上回る(305㎏以上)パラアスリートのラーマン選手(イラン)の運動にかかわる脳の活動領域についても、下肢機能の懐失が上肢機能の発達を促したとする可能性を示唆しています。「超人」はあくまでも、「人類の限界に挑む」からこそ私たちに共感と感動を与えてくれるのではないでしょうか。

「スポーツのひろば」2021年10月号より

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