「ホワイト・エレファント(白い象)」という英語がある。白い象は神聖な動物ではあるが役には立たずエサ代が高いことから、使い道がないのに高額な維持費がかかるもの、「無用の長物」とか「厄介者」と訳される。五輪施設、とくに五輪スタジアムは、往々にして「白い象」として、厄介者扱いされることが多い。本書は、1972年のミュンヘン五輪から2016年のリオ五輪まで、12都市の五輪施設がオリンピック後にどのような運命を辿ったかを調べた成果である。
例えば1980年モスクワ五輪のルジニキ・スタジアムは、2018年に陸上のトラックが除かれてサッカー場になったものの、その後は使われず「白い象」になっている。1988年ソウル五輪の蚕室総合運動場にあるスタジアムは、改修計画があるものの、有効に稼働しているとは言えない。
私自身が2008年のパラリンピックを取材した北京の中国国家体育場(通称は鳥の巣)も、大きすぎてイベントの誘致は難しく、観光客が払う入場料収入に頼っているという。最新の2016年リオ五輪の開・閉会式が行われたマラカナン・スタジアム(サッカーの聖地とも言われる)も、打ち捨てられているに等しい。
すべての五輪施設が失敗というわけではないが、スタジアムは収容人数が5~8万人、10万人を越えることもあって、維持には難しい条件がそろっている。巨大なスタジアムを作ると、建設・改修費が高く、維持費も高額になる。収容人数が多すぎて、それに見合うイベントを誘致するのが難しい。陸上競技のトラックをつくると、サッカーなどの球技が観客席から遠くなって邪魔にされ、後の改修で取り除かれることもある。レガシーとしての利用には高いハードルがある。
著者は現地へ行って調査しているだけに、事実にもとづく提言は確かだ。建築する前、つまり設計段階で、五輪後に客席数を減らして使いやすい収容人数にするか否か、陸上トラックはどういう扱いにするのか、近くに競合施設はないかどうか、周辺地域との一体化は考えられているか、などが長期的な展望をもって検討されなければならないと思った。(西條晃)