「35㎞の壁」って本当ですか?|スポ研所長 やまけん先生のブログ!〈22〉

山崎 健(やまけん先生)
新日本スポーツ連盟附属スポーツ科学研究所所長。新潟大学名誉教授。専門分野は運動生理学、陸上競技のサイエンス。マスターズM65三段跳&3000m競歩選手兼前期おじいさん市民ランナー。

42.195kmのフルマラソンでは、30km過ぎから苦しくなり「35knの壁(Hit the wall!)」で一気にペースダウンするケースが多々あります。かなりトレーニングを積んだランナーでも起こるので練習不足というわけでもないようです。

「身体がダメだ!」といっている訳ですから当然「心も折れる!」のです。私もホノルルマラソンで3回、新潟マラソンで1回体験しています(想定外の出来事ですので心もめげます…あ~、完走できずに歩いてしまった…)。

原因として考えられているのは「筋グリコーゲン枯渇」という現象で、そこそこの速度で走るための「ガス欠」が起きた…ゆっくり歩くことはできるのですが…と運動生理学的には説明されます。ただし、筋グリコーゲンが「ゼロ」になることは生体防衛反応としてはありえません(反復される高強度運動でも数10%程度しか減少しないと指摘されています)。

ゆっくりとしたランニングでは「遊離脂肪酸」も利用されています。こちらはいわば「ソーラーパネル」のようなもので“トコトコ"と走り続けることができます。「歩かず完走」が目的であれば「グリコーゲン枯渇」が緩やかなスローペースを選択すればよいのですが、その状態ではベストタイムが更新できないので、ついついペースアップをして「35㎞の壁」に衝突してしまいます。

レース当日の身体と心の状態でのベストタイムを目指すためには、事前の練習を含めて「自分のストーリー」を描く必要があります。運動生理学的にはゴールである「42・195㎞が壁(グリコーゲン枯渇で速く走れなくなる)」になるのが理想です。ただし最後の500m位は何とかなるので、もう少し手前でもよいのかもしれません。

「めげない自分」を思い描く

刻々と変化する身体状況の把握には時計型心拍計の使用をお勧めしますが、事前にどの程度のペースが限界なのかを2時間走などで確認しておくとよいでしょう。ただ、うまくペース維持ができたとしても35㎞あたりから運動生理学的にキツくなってくるのは避けられませんので、「めげない自分」のメンタルリハーサルや「テーマミュージック」の設定も必要です。

かつてホノルルマラソンで、間寛平さんが「俺もうボロボロです!」というランナーに「一緒や一緒や、みなボロボロや…ほなイコカ~!」と言う印象的な映像がありました。

沖縄の島言葉で「なんくるないさ~」がありますが、やるべきことをやったのだから「心配しなくても大丈夫、大丈夫!」なのだそうです。この精神でありたいですね。

「スポーツのひろば」2020年9月号より

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