スポーツ小説はいかが?〈その2〉

スポーツの楽しみ方には、自分で「スポーツをする」、「見る」、「支える」という3種類があります。さらにもう一つ「読む」という楽しみ方もありますよ。スポーツ小説を読んで、物語を楽しみながら、スポーツの感動をともにできれば、こんなに楽しいことはありません。

悲喜こもごもの7里七町幕末まらそん侍

数あるスポーツ小説の中でも少し変わった趣向のものを読みたくなったら、現代から離れて過去に遡ってみませんか。手に取ってほしい一冊は、「超高速!参勤交代」の作者として知られる土橋章宏が書いた「幕末まらそん侍」です。

舞台は江戸時代末期、安政2年(1855年)の安中藩。ペリーが浦賀に来航した年から数えて2年
ほどの、騒然とした世を背景にした物語です。ただ物語といっても、実際にあった安政の遠足(とおあし)を取り上げたスポーツ時代小説です。

安中藩があった場所は、現在の群馬県。当時の藩主が実際に藩士に命じた遠足とは、安中城から碓氷の関所を越えてゴールと定めた熊野権現神社まで中山道を走るというもの。殺生なことに、遠足が行われたのは現代の暦でいうと夏の盛りの7月頃。距離は7里7町(約28・3㎞)で、全行程が登り坂。考えただけでも無茶な試みに思えますが、この藩をあげての遠足は、後の世では日本マラソンの発祥として、歴史に刻まれることになります。

当時はこのような試みは随分と珍しかったことでしょう。「ひょっとして殿は乱心したのでは?」と思うものまで現れます。主人公の一人である唐沢は、この遠足のことをどうご公儀に伝えるべきか葛藤します。七里七町の行程の中で描き出されるそれぞれのドラマは、読み手の心を熱くさせます。

そして、物語の完結と共に、ひときわ爽快な読後感が待ち受けています。自分は走ってもいないのに、なんだかランナーズ・ハイのような感覚を味わいました。人生云々を語る前に、走るってやっぱり、単純に気持ちいい!ものですよね。(ひろば編集委員・大垣晶子)


幕末まらそん侍 (SPコミックス)

廃部寸前の水泳部を救え!快晴フライング

ある中学校の水泳部、主将を交通事故で失って退部者が相次ぎ、顧問の先生に「部」から「愛好会」への格下げを宣告。残された部員はどう立て直すのか、LGBT(性的少数者)の問題も絡めながら展開する青春スポーツ小説です。


快晴フライング (ポプラ文庫)

弓が丘市にある第一中学校には水泳部がありません。そこへ一緒にスイミングスクールに通ったことがある3人の男女が入学してきます。タケルが顧問を見つけ、生徒会に申請し、後輩への指導も分かりやすく上手だったので、部員は30人を超えるまでに。そのタケルが視界の悪い急カーブで軽トラにはねられて、突然亡くなってしまいます。

これから主力になるはずの2年生から退部届が。もともとやる気がなかった顧問教師からは、「これを機会に、愛好会に戻す」と通告されます。この物語の主人公の龍一は、タケルの傍にはいたが、自分の事しか考えず、部員の顔さえ知らないでいました。残った部員は、幼馴染の敦子、息継ぎができない展人、水中歩行の弘樹、とろそうな麗美だけ、これでは都大会にでるなど夢のまた夢…。

日曜の早朝に泳いでいる中学生がいると聞いて、市営プールへ行ってみると、4種目を完璧に泳いでいる中学生が出合います。ところが、男か女かよく分からない。GID(性同一性障害)に悩み、学校でも家庭でも孤立していたエリカでした。そうしたことに偏見のない残留組は、少年のように見える全身スーツで泳ぐエリカを淡々と受け入れます。

エリカの水泳は、泳ぎだけでなく、後輩への指導やトレーニングも完璧。新入部員も加えて強化訓練を行い、みんなの気持ちは次第に盛り上がっていきます。男に見える水着を着て男子としてコースに立つエリカのために、水着の規定がゆるい市主催の水泳大会に参加。優勝という目標は達成できなかったが、それぞれが自己を高め、エリカが男子として参加したリレーも繋がりました。と同時にエリカの家庭でも、学校の中でもこれまでにはなかった人と人の理解の輪と絆が広がっていたのです。(ひろば編集委員・西條晃)

バイクと一体になって走れ!ペダリングハイ

大学進学のため名古屋から東京・調布の深大寺へ上京した主人公。通学の足として在京の叔父からクロスバイクを譲り受けます。これがとんでもない代物で赤錆だらけ…。メンテナンスをしてもらうために自宅近くの自転車のショップへ。


ペダリング・ハイ (小学館文庫)

ここから物語が急展開します。そのショップに集うレーシングチームの面々に声をかけられ、ママチャリをおまけにするという店主の誘惑にも負け、ロードバイクを購入する羽目に。その翌日からメンバーと練習することになり、徐々にロードバイクの魅力に憑りつかれていきます。

初めて穿くバイクウエアに戸惑い、ビンディングに苦労しながらも、バイクとの一体感に心地よくなっていく。「そのブレーキレバーがシフトレバーを兼ねている。…右のレバーの長いほうを内側に押し込むと、ギアが軽くなる」。へぇ~、今のバイクはそうなっているんだ。「機材スポーツは、肉体と機材が一体化していることが重要だ」。なるほど、なるほど。この小説自体が初めてロードバイクに乗る人のための入門書(?)にもなっています。

中盤ではレーシングチームのメンバーとの練習風景が延々と続きます。読み手としてはつい主人
公が「だからロードバイクは楽しくて奥が深いんだ」と語ることを期待してしまうが、この小説ではそれはあっさりと裏切られることに。このまま終わってしまうのかと思われたが、ラストのシーンで、代役で出場した草レースで必死に走る主人公の姿に、全力を出し切るスポーツ本来の美しさを垣間見て、胸がキュンとしました。

この小説を読んだら、主人公のようにロードバイクを購入し、その魅力に嵌り、ロードレースに出場してしまうかも…。私も久しぶりにペダルを回してみたくなりました。(ひろば編集委員・小林一美)

「鉄人レース」のゆくえは…!? ランニング・ワイルド

世の中とかく身体を苛め抜くことが好きな人種は多いです。堂場俊一氏が描く小説の世界では、過酷といわれるトライアスロンのさらにその上を行く「アドベンチャーレース」を描いています。読めばまさに人間の能力は計り知れないことを感じ取れるでしょう。


ランニング・ワイルド
小説の舞台は広島・呉市をスタートして「とびしま海道」を伝い、七つの島を渡るレース。途中、橋のない島がポイントの一つになっており、そこへはシーカヤックで渡ることとなります。七つの島は中央部が小高い山で、平地は海辺の道路部分だけという、かなりのアップダウンのきついコースです。

基本はランで、六つ目の最終チェックポイントをクリアした後は、一気に自転車でゴールまで戻ってくる設定。最後でスピード勝負になる厄介なコースに加え、スタートしてから24時間以内で戻ってこなければならないとう制限があります。また、外部と連絡が取れる携帯電話は禁止。そしてチームメイトの一人でも欠ければ即失格となってしまいます。

主人公は警視庁勤務の名倉賢治。チームメイトは同じ警察官の先輩・後輩の男性2名、バイク
が得意なアスリートマッチョの女性1名。いずれも体力抜群の屈強な面々。厳しいレースに臨む直前に名倉の携帯に謎の脅迫電話が…。電話の主から「妻子は預かった。レース中、ある場所であるものを回収し、それを持って必ずトップで帰ってくること。回収したものはゴール付近で待っている者に渡すこと」を告げられます。

普段は慎重な名倉がむちゃくちゃなレース運びをすること不信感を持ったチームメイトは名倉を問いただします。殻に閉じこもり無言を貫く名倉。最終ステージ前に発生したアクシデントの最中、「指定された物」も回収に成功し、ようやく名倉は事実を仲間に打ち明けます。ここからストーリーはクライマックスに向け急展開!

プレッシャーから解き放たれた4名のパワーが全開。脅迫電話の主とは果たして…? フィニッシュ後の名倉が犯人を追跡するシーンはハラハラドキドキ。まさにランニング・ワイルド!の世界。読みごたえ十分な一冊です。(ひろば編集委員・園川峰紀)

スポーツという観点だけに留まらない。池井戸ワールド3部作

池井戸潤は1998年に小説「果つる底なき」でデビューし江戸川乱歩賞を受賞。その経歴からも、もともと推理小説を主戦場として執筆を進めていました。ドラマが大ヒットした「半沢直樹」シリーズ、「花咲舞」シリーズやその他ドラマ、映画化された作品からも、どちらかというと銀行や会社という存在の不正を暴くという構図をミステリアスに描く作風が多いです。

そして、時代としてはリーマンショックという2008年の大きな出来事の後に執筆した「ルーズヴェルト・ゲーム」や「下町ロケット」などのように、時代を反映し企業の生き残りを賭けた奮闘劇が新たな作風として加わっています。

スポーツという側面では、実業団という存在がある程度淘汰されたのちに、スポーツが残る存在価値を強く問われた時代。その意味では、このタイミングになるべくして出来上がった作風であると見ることもできます。

「ルーズヴェルト・ゲーム」「陸王」「ノーサイド・ゲーム」の三作品ではスポーツという存在を企業の視点、そして企業とスポーツチームの関係などといった多角的な視点で描いています。また、金融を通しての描き方は、精神論的に描かれがちなスポーツの存在価値を具体的に現実的なイメージとして表しています。世のスポーツが企業内のニーズとしてどのような位置づけで存在しているのかを、興味深い視点で描いているのです。

「ルーズヴェルト・ゲーム」では、倒産の危機を迎えたある会社の奮闘を描いているが、これに合わせて会社が抱える野球部の存在価値を問う内容となっています。「そもそもこのチームは何の目的があって作られたのか」「いまこのチームが会社にあることは、会社にとってどのような意味があるか」。近年の不況や震災が続き、スポーツに携わる人はその存在価値を深く考える傾向もあるので、こうしたテーマは大きな注目点です。

後に続いた「ノーサイド・ゲーム」は、日本での現代スポーツの在り方を一歩進めてアクティブにとらえ、いかにすればスポーツは生き残れるかという点に発展させる作品。サッカーのJリーグ発足以降、アスリートのプロ化という、実業団とはまた違った選手の生き方がさまざまなところで議論される中で、具体的な指針を提唱しているようでもあります。

一方、少し違う系統のように感じるのが「陸王」。東京・大田区の中小企業が技術力で大手企業に勝負を賭けるという「下町ロケット」の作風に非常に似ています。単に新製品を開発するための努力、苦労だけではなく、そこに行きつくためにアスリートやランニングシューズを履く人への、メーカーとしての思い、アスリート・ファースト的な思想が深く織り込まれています。この点は重視すべき論点が何かにより、スポーツや技術の発展が大きく左右されるということを示しているようです。(ひろば編集委員・桂伸也)

「スポーツのひろば」2020年3月号より


スポーツを題材にした小説(種目別)

スポーツを題材にした小説(種目別)

陸上競技、野球、サッカー、テニス、バドミントン、バスケットボール、バレーボール、スキー、スケート、カーリング、水泳、ボート、自転車などのスポーツ小説一覧。


スポーツ小説はいかが?〈その1〉

最近のスポーツ小説は、綿密な取材にもとづいて、まるでノンフィクションのようにリアルに描かれているものが多くなっています。とくに自分が好きなスポーツ種目を、物語を楽しみ、感動をともにしながら読めるなら、こんなに楽しいことはありません。

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