スポーツ小説はいかが?〈その1〉

浅田真央や村上佳菜子、遡ると伊藤みどりなど有名なフィギュアスケート選手はどうして名古屋(と愛知県)の出身なのかな? スキージャンプの高梨沙羅は上川町、レジェンドと呼ばれる葛西紀明は一字違いの下川町の出身ですが、なぜ北海道の小さな町からジャンプ選手がたくさん出てくるのだろう?

高校の体育会系のクラブというと、不祥事ばかりがテレビや新聞のタネになっているけど、まじめにクラブ活動をしている姿を知りたいし、感動的な話だってたくさんあるんじゃないの? などと思ったことはありませんか?

そんなのぞみを叶えたいなら、スポーツ小説を読みましょう。最近のスポーツ小説は、綿密な取材にもとづいて、まるでノンフィクションのようにリアルに描かれているものが多くなっています。とくに自分が好きなスポーツ種目を、物語を楽しみ、感動をともにしながら読めるなら、こんなに楽しいことはありません。スポーツ種目別に、お薦めの作品を紹介してみましょう。

1.自転車ロードレース


サクリファイス|近藤史恵

なんと言っても近藤史恵の『サクリファイス』新潮文庫です。自転車のロードレースは団体競技です。優勝者として個人の名が挙げられますが、そのエースを勝たせるためにアシストがあるのです。主人公はアシストの白石誓、エースには過去に若手を事故に見せかけてケガをさせたという噂があります。そしてまた新たな事故が起こります。

事故の真相を探る謎解きと、自転車の楽しさ・チームスポーツとしてのロードレースの面白さの両方を味わえる作品です。続編として「エデン」。「サヴァイヴ」も出ています。

2.野球

スポーツ小説で一番作品数が多い種目は野球ですが、今話題になっているのは池井戸潤の『ルーズヴェルト・ゲーム』講談社文庫です。昨年のヤフー検索大賞で小説部門の一位になりました。電子部品メーカーの野球部の話で、不況にあえぐ企業の存続と企業内野球部の再建はどうなるのか、ネタバレは厳禁なのでこの先は作品を読んでください。

これまでの作品で一番よく知られているのは、あさのあつこの『バッテリー(全6冊)』角川文庫です。映画を見た人、漫画で読んだ人もいるかもしれません。岡山県のある町へ移ってきた天才的なピッチャーと、その剛速球を受け止めるキャッチャーの物語です。

上級生が起こした暴力事件に巻き込まれて部が活動停止になったり、全国大会準優勝のスラッガーと対戦したり、と話は展開していきます。二人の反目と友情の復活もあり、「自分を受け止めてくれる相手がいる」という信頼こそがバッテリーを成立させるというのが、テーマになっています(「スポーツのひろば」12年6月号でも紹介)。

高校野球では堂場瞬一の『大延長』実業之日本社文庫もあります。夏の甲子園、決勝戦で延長15回でも決着がつかず再試合になります。両チームの監督は大学時代のバッテリーだった、一方の監督は選手に自分で決めさせる、もう片方は選手を駒のように使う。

選手の方もリトルリーグではチームメイトだった。手の内を知りつくした両チームの再試合はどう展開するのか、最後まで一気に読んでしまうことでしょう。

3.陸上競技(ランニング)

定番ですが、佐藤多佳子『一瞬の風になれ(全3巻)』講談社文庫をお薦めします。主人公は高校陸上部の短距離スプリンター、天才的なスプリンターながら飽きっぽく、持久力のない親友や、仲間と心をつなぐ4×100mリレー、さまざまなエピソードを重ねながら、スプリンターとして成長し、部員同士の絆も強くなってゆきます。

高校陸上部の経験者は、この小説を”リアル陸上部”と思う人が多いそうです。自分たちの陸上部もこんな風だったとか、あるいはこんな風だったら良かったのに、という思いを込めているのでしょう。

次はニューヨーク・東京・パリのシティマラソンを舞台にした短編集『シティ・マラソンズ』文春文庫です。何時間かかっても走りきって良いことになっているニューヨークシティマラソンに参加することで、生き方を考え直す(三浦しをん「純白のライン」)、友人がつくった特注のシューズで走る東京マラソン(あさのあつこ「フィニッシュゲートから」)、半年間の留学が終わって帰国する前日に走ったパリマラソン(近藤史恵「金色の風」)、3人の作家によるマラソン三都物語はどうでしょうか。

4.フィギュアスケート

おすすめは碧野圭『銀盤のトレース』実業之日本社と続編『銀盤のトレースage15転機』『銀盤のトレースage 16飛翔』の三巻です。主人公の竹中朱里は名古屋へ移ってきた小学生、親は費用がかさむスケートを辞めさせたいと思っていました。一流選手の費用は年間数千万円とも言われますから、続けるのは大変なことです。朱里は親も祖父母も周囲の人々も味方につけながら、自分の頭で考えて選手に成長してゆく少女として描かれています。

また、名古屋とその周辺のスケート施設や、指導者・役員などの人脈の厚さも見えてきて、「フィギュアスケート王国=名古屋」の姿にも納得がいくことでしょう。

5.スキージャンプ

スキーの少女ジャンパーを描いた乾ルカ『向かい風で飛べ!』中央公論新社がおすすめです。小学生の室井さつきは、美少女ジャンパーの理子に誘われてジャンプ少年団に入り、飛ぶ楽しさに目覚めてゆきます。男子よりも遠くへ飛ぶ少女たちが、中学生になり体型の変化もあって今までのようには飛べなくなってゆく。そのスランプを乗り越え一緒に飛び始めるが、二人の合い言葉は「向かい風は、大きく飛ぶためのチャンスなんだよ」です。ジャンプに有利な向かい風と、人生の向かい風をかけているように感じられます。

作者は葛西紀明の出身地・下川町のジャンプ少年団に取材してこの小説を書いたそうですが、主人公の女子中学生の姿は一つおいて隣町・上川町出身の高梨沙羅に重なってしまいます。どちらも町をあげてジャンプ少年団を育てているからでしょう。

6.剣道

誉田哲也の『武士道シックスティーン』文春文庫が面白い。宮本武蔵の「五輪書」を読み、自分を兵法者だと思っている女性剣士香織と、「お気楽」に剣道を楽しんでいるように見える早苗という、二人の女子高校生が主人公の小説です。

強いはずの香織が早苗に負けるのは何故か、まるで正反対の価値観を持つ二人がコミカルな物語を展開しつつ、お互いを認め成長してゆく。「そんなことあり得ない」と突っ込みを入れつつも、話のおもしろさに引き込まれてゆくタイプの小説と言えましょう。16歳の「シックスティーン」の後に『武士道セブンティーン』、『武士道エイティーン』が続きます。

スポーツを題材にした小説(種目別)

おわりに

スポーツ小説は、大きく3つに分けられます。①青春スポーツ小説、②推理作家が書いたスポーツ小説、③どちらにも属さないスポーツ小説の三つです。

①青春スポーツ小説は、ヤングアダルト(YA)向けの小説で、おもに中学から高校生くらいを対象にし、主人公も中・高校生で、児童文学の作家やYAを専門にしている作家が書いています。

作家名を挙げると、あさのあつこ、佐藤多佳子、森絵都など、文章もやさしく読みやすいし、さわやかな印象の作品が多いのも特徴です。

②スポーツ小説を書く推理作家は、堂場瞬一、近藤史恵、東野圭吾、誉田哲也、雫井脩介など。推理作家の小説は、展開がスピーディで、社会的背景も良く書き込まれていて、やや難しいけれど謎解きの楽しみもあります。堂場瞬一は「堂場瞬一スポーツ小説コレクション」(実業之日本社)というシリーズを出しています。

ちょっと脱線して私の推理小説の好みは、フランス料理店のシェフが謎解きをする『タルト・タタンの夢』『ヴァン・ショーをあなたに』という近藤史恵の作品です。

③どちらにも入らない作家もいます。「純白のライン」でニューヨークマラソンを書いた三浦しをんは、『風が強く吹いている』で箱根駅伝を描いています。また国語辞典の編集者を主人公にした「舟を編む」は映画化されたのでご存
知の方も多いでしょう。

『銀盤のトレース』の碧野圭は、スポーツライター(「わずか四分間の輝き」『エール!お仕事小説アンソロジー』に収録)を描き、女性のお仕事小説を得意としていて『書店ガール(全3冊)』も書いています。スポーツ小説を読ん
で面白かったら、同じ作家の他の作品へ読みすすむのも楽しいでしょう。

またスポーツ小説には、映画化された作品もたくさんあります。陸上の『一瞬の風になれ』、少年野球の『バッテリー』、剣道の『武士道シックスティーン』、男子シンクロの『ウォーターボーイズ』などなど。映画を見てから原作を読むか、原作を読んでから映画をみるか、それはあなたの自由です。

「スポーツのひろば」2015年5月号より


スポーツを題材にした小説(種目別)

スポーツを題材にした小説(種目別)

陸上競技、野球、サッカー、テニス、バドミントン、バスケットボール、バレーボール、スキー、スケート、カーリング、水泳、ボート、自転車などのスポーツ小説一覧。


スポーツ小説はいかが?〈その2〉

スポーツの楽しみ方には、自分で「スポーツをする」、「見る」、「支える」という3種類があります。さらにもう一つ「読む」という楽しみ方もありますよ。

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