スポーツ中に倒れる人が増えている!? 運動中の突然死を防ぐには

心筋梗塞はどんな病気か?

心臓に酸素を供給する冠動脈が詰まってしまい、心臓の筋肉が一部死んでしまった状態(壊死)になるのが心筋梗塞。原因は、動脈硬化がほとんどです。

例えば、水道管を手入れしないでいると、内側に鉄さびが付着して、管が徐々に詰まっていきます。動脈硬化とは、この水道管と同じように血管がさびついている状態と考えればいいでしょう。

血管の内壁に脂肪の固まり(プラーク)が付着して、血流が悪くなり、同時に血管そのものも硬くなっていく現象です。動脈硬化は、10年以上の歳月をかけてゆっくりと進行し、程度の差はあれ誰にでも起こります。40代あたりから加齢とともに急激に進行するのが特徴です。若くても生活習慣が不規則な人に起こることも多く、現在では生活改善などで治療できることがわかっています。

この動脈硬化が進むと、血流の圧力で亀裂が生じて、血栓という血のかたまりができます。この血栓が邪魔になり、言わば「三車線の道路が一車線しか使えなくて交通渋滞が起こる」ような状態が狭心症です。血管の輸送力が低下し、心臓は酸素不足になります。このときに激しい運動をすると、酸素不足なのに心臓は血液を全身に送り出そうとして、胸に強烈な痛みが走ることがあります。

さらに血栓が大きくなって冠動脈を完全にふさいでしまうと、心臓は、動くためのエネルギー源が得られなくなり、機能を停止してしまいます。これが心筋梗塞です。

心筋梗塞になると、心臓のポンプ機能が乱れ、心臓の筋肉が異常な速さで拍動を続ける「心室頻拍」が起こります。その後、心筋の細胞がバラバラに動きはじめる「心室細動」の状態になり、わずか10秒程度で意識を失います。

心室細動は、3分以内にAEDなどで「電気ショック療法」を行えば、回復することができます。しかし、それ以上の時間が経つと、脳への血流がなくなるため後遺症が残る恐れがあり、救命率が低下します。10分経過すると救命率は3%以下で、ほぼ回復は期待できません。したがって、心筋梗塞になった場合、AEDが用意できるまでの短い時間も非常に貴重です。その時は、一刻も早く適切な心臓マッサージを行うことが大切です。

午前中の無理な運動は要注意?! ~時間医学の研究から

心筋梗塞などの心臓病は、1日のうちでどの時間帯に起きやすいのでしょうか。最近は「時間医学」の研究からいろいろなことがわかってきています。

時間の概念を取り入れた医学研究は1940年代から始まり、生体のリズムと病気には深い関係があることが徐々に明らかにされてきました。生命活動のリズムと同じ周期性が、病気のリズムにも観察されたのです。

例えば、東京都CCUネットワークの6787例の集計調査では、心筋梗塞の発症が午前8時〜10時に最も多いという結果が出ています。また、心臓病と同様に脳血管の事故(脳梗塞、くも膜下出血や脳出血)も、午前6時から正午までに多いことが知られています(表4)。

では、なぜ心臓病をはじめとする多くの病気が、朝〜午前中に多いのでしょうか。朝は、身体の仕組みが休息モードから活動モードに一気に切り替わる時間帯です。血圧や脈拍が急に増えます。血圧を上げるために、血管が締まり、細くなります。その結果、血液は流れにくくなり、固まりやすくなってしまいます。

一方、心臓や脳は、活動モードに切り替えるために、一気に多くのエネルギーと酸素量を必要とします。心臓における酸素の需要が増えるが、供給は不足するという事態となってしまうのです。このことが、いろいろな心血管事故が早朝に多い最大の理由です(図7)。

早朝は、血圧がボンと上がって、血管にできている軟らかい血液の塊を押し流す、そういう時間帯なのです。したがって朝に運動をするのは、血液の循環を良くするというメリットもありますが、血液の塊が詰まって心筋梗塞になる危険性も潜んでいるのです。

特に、普段はあまり運動をしていないのに、急に早朝ランニングを始めようとする時は要注意。毎朝ランニングを続けている人でも、朝起きて「胸が痛い」「めまいがする」など調子が悪いと感じたときは、無理をしないほうがいいと思われます。

こんな人は気をつけよう ~突然死を防ぐには?

スポーツ中に限らず突然死を防ぐには、まず潜在的な心疾患を抱えているかどうかを把握する必要があります。しかし、最大の要因である動脈硬化は、あまり自覚症状がなく、血管内腔の50%が詰まっても、自分ではなかなか気がつきません。3分の2が塞がった状態で、運動時の拍動が急増したり、不整脈の症状が出てくる程度です。しかし、動脈硬化がもっと軽い段階でも、心筋梗塞になる可能性はあります。そこが、この病気の恐ろしいところです。

自覚症状が少ないと言っても、生活習慣や血液・血管などの状態から、ある程度は動脈硬化の進み具合が推測できます。まずは、上のセルフチェックシートを見てください。これは、日本陸上競技連盟医事委員会による「市民マラソン・ロードレース申し込み時健康チェックリスト」と欧米で実施されている「PAR−Q」という問診票(運動をする人を対象)を元に作成したものです。

このセルフチェックシートで、あてはまる項目がいくつかある人は、健康診断や心臓検診を受けたほうがいいでしょう。まずは「問診、血圧測定、血液検査、安静時心電図、胸部X線」、そして必要があれば「運動負荷心電図」「24時間携帯心電図」「心臓超音波検査」を行うようにしてください。安静時心電図は、心臓肥大、心筋虚血、不整脈などの心疾患発見に重要な検査なので、20代の頃から定期的に受けたほうがよいでしょう。

スポーツは、健康の維持や増進に有効なものですが、自らの体力を過信して限度を超えた運動を行えば、逆に健康を害してしまうことにもなりかねません。特に中高年の方は、動脈硬化が進みやすいだけでなく、自分では気づかなくても体にさまざまなトラブルが起こってきます。運動をはじめる前に、自分の体の状態がその運動に耐えられるのかどうかを調べておくのが大切です。自分の健康状態や体力水準を理解したうえで、スポーツを無理なく安全に楽しみましょう。

参考文献
「スポーツでなぜ死ぬの― 運動中の突然死を防ぐには」坂本静男 (メトロポリタン出版)1995
「突然死の話」 沖重 薫 (中公新書)2010
「健康とスポーツ 突然死を防ぐために」順天堂大学医学部編集(學生社)2005
「体内時計の謎に迫る」大塚 邦明 (技術評論社) 2012
「突然死タイプ 」山澤 いく宏(洋泉社)2004
「臨床スポーツ医学」Vol.29 No2 2012
「臨床スポーツ医学」Vol.26 No11 2009
「臨床スポーツ医学」Vol.26 No3 2009
「不整脈が気になるときに読む本」加藤 貴雄(小学館)2009

「スポーツのひろば」2012年12月号より
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