サッカーW杯の輝きと闇

サッカー・ワールドカップはスペインの優勝で幕をとじました。サッカーは、「ボール一個あれば、誰とでもできるスポーツ」と言われています。今回のW杯参加国は48か国(前回は32ヵ国)へと拡大しました。新顔カーボベルデは人口約50万の小国で、日本最小の県である鳥取よりも小さい、そんな国も出ています。日本の森保ジャパンはブラジルに負けて16強に残れませんでしたが、着実に強くなり「世界を目指す」と言えるまでになりました。試合後の日本チームのロッカーのきれいさと、観客席でゴミ拾いをする日本人サポーターも話題になりました。

しかし、これらとは正反対のダーティーな話題にも事欠きません。何と言っても開催国のひとつ米国のトランプ大統領です。米国は間もなく白人の人口が半数以下になり、白人が少数派になるので、私はトランプ大統領を「白人帝国の最後の王(キング)」と勝手に名付けています。余命少なく、生き残ろうと必死で暴れまわる断末魔の王をイメージしています。決勝トーナメントでレッドカードを受け、出場停止になったバログン選手について、王(キング)は国際サッカー連盟(FIFA)の会長に電話して、処分の見直しを求めました。その結果、1年間の猶予が決まったのですが、政治的介入と圧力に屈した姿と考えられます。昨年末には、FIFAの会長インファンティーノが、「FIFA平和賞」を作って、王(キング)に授与しました。「ノーベル平和賞」を欲しがっていたので、代わりの賞を与えたのでしょう。サッカー連盟は、王(キング)の臣下であってはなりません。

サッカーW杯が巨大化・商業化することで、チケット価格もうなぎ上りです。グループステージでも、約3・5~10万円、決勝戦では数百万円以上とも予想されています。また、FIFAについては、スポンサー契約をめぐる汚職、開催国選定が不透明、放映権料やスポンサー収入をめぐる利権など規模拡大につれて、多くの課題や批判が指摘されています。

 原点に戻って、サッカーは「ボール一個で、世界中どこでも誰とでもつながれる」スポーツであってほしいし、FIFAがそれを実現できる組織に生まれ変わることを期待します。

(「ひろば」編集長・西條晃)

 

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