
生身のまま極楽浄土に往生したと伝えられる姫君・中将姫伝説は奈良市當麻寺(たいまじ)が有名ですが、和歌山県有田市糸我地区も、継母からの迫害を逃れ隠れ(十三~十五歳)住んだと伝わる雲雀山があり麓の得生寺(とくしょうじ)には、中将姫と彼女を守った「伊藤春時夫妻の座像」が祀られています。

得生寺へは、JR和歌山駅からきのくに線特急くろしおで箕島駅に行きローカル線に乗り換えて一駅、紀伊宮原駅で下車します。駅前に出ると四方見渡す限りミカン畑です。春は甘いミカンの花の香り、秋は山一面オレンジ色に染まります。
宮原地区には熊野古道が通り昔の名残が生きています。駅前から南へ進むと有吉佐和子の小説の『有田川』の舞台となった堤に出ます。ここに立ち、ぐるりと見渡すとかすむ先までミカン畑で日本一のミカンの産地であることを納得させてくれます。
得生寺は駅から1・6㎞と近く、熊野古道とも重なり合っています。毎年5月第二日曜日には「來迎会」が行われます。 ]
この來迎会の特徴は、子供が主役で糸我地区の子供二十五名が菩薩の面を付けて開山堂から本堂まで和楽器を奏でる中を練り歩きます。更に僧侶ら約六十人が回廊を渡る様は、和歌山県指定の民族文化財として受け継がれています。

今回、和歌山県ウォーキング健脚同好会はこの「來迎会」の見学と熊野古道の一部及び糸我地区を歩き、熊野古道歴史資料館を見学しました。
「スポーツのひろば」2026年7・8月号より
