「運動オンチだからスポーツが苦手…」と思っている人へ〈2〉

「すぐ上手になる」「なかなか上手にならない」その差って何だろう?

文=西條 晃(ひろば編集委員)

一緒に練習していても、「すぐ上手になる人」と「なかなか上手くなれない人」がいる。それって大いなる悩みですね。その差はどこから来るのかを考えてみましょう。

「あの人は生まれつき『運動神経』が良くて、私は『運動音痴』だから仕方がない」と諦めていませんか? では「運動神経」とか「運動音痴」って何でしょう。それは「生まれつき」なのか、それとも後天的なものなのでしょうか。練習でうまくなるなら、なぜ早く上達する人と、遅い人がいるのでしょうか、その疑問も考えてみましょう。

初めてでもすぐ上手になる人がいるのはなぜか

初めてのスポーツでも上手にできる人と、うまくできない人がいます。その差は、過去に同じような、あるいはよく似た動作が入っている運動やスポーツをした経験があるかどうか、その動作をマスターしたかどうかにかかっています。

一度自転車に乗れると、ママチャリはもちろんマウンテンバイクも乗れます。ロードレーサーのような高速で走れる自転車にも、すぐに慣れて乗れるようになります。

人間の記憶には、①体で覚える記憶(手続き記憶)と、②知識記憶(言語記憶)があります。日常生活で「あれ、名前忘れた、なんだったっけ」ということが良くありますね。それが②の知識記憶で、忘れると思い出すのは困難です。一方①の体で覚える記憶は、一度覚えてしまうと体に染みついて、忘れることなく何度でも繰り返すことができます。前の例にある自転車に乗れることがその体で覚える記憶です。

ところで、自転車を自由自在に乗り回すまで行かないうちに練習をやめてしまうと、脳と体に成功体験が残りません。この場合、体で覚える記憶に残らないため、次によく似た動作や運動をしても、上手くできないのです。そういう状態で、いろいろなものに手を出すと、どれも上手くいかない「下手の横好き」になってしまいます。

何かを始めたら、「目をつむってもできる」までマスターすることです。練習するのは、繰り返すことで無意識でもその動作ができる、上手くいかないときには調整して、上手くいくように修正できるためです。

こうして完全にマスターした動作や運動が増えれば増えるほど、動作や運動の「タンスの引き出し」が多くなり、初めてのスポーツであっても、過去の引き出しから似たものを見つけて応用できるようになります。「運動神経が良い」とは、神経ではなくマスターした「引き出し」をたくさん持っていること、「運動音痴」は「引き出し」が少ないことではないでしょうか。

マスターするのが早い人と遅い人がいますが、早ければ良いとは限りません。「うさぎとかめ」の話を思い出してください。遅くても努力する人には、マスターするまでの経過や体験が脳と体に記憶として残り、それを次に生かすことができるはずです。

長い間に「うまくなる人」「いまいちの人」と差が開くのはなぜだろう

何ヶ月か、あるいは何年か一緒にスポーツをしていると、上手な人、進歩が見えてこない人の差が出てくることがあります。その差って、どこから出てくるのでしょうか。

自分自身を客観的に眺めて、どこが上手な人と違うのか、どうすれば上手にできるのかに「気づく」ことではないでしょうか。まず「あっ、ここじゃないか?」と発見すること、それをどう修正するか考えることです。

能役者の世阿弥は、「離見の見」という言葉で、役者は自分の姿を外から見るように心がけなさいと言っています。スポーツでも、上手になるためには役者と同じように、自分自身を客観的に見られなければなりません。自分としっかり向きあって、「気づき」ができれば、それが上達への第一歩です。

自分で「気づけ」ないときは、動画や他人の力を借ります。今ならスマホやタブレットで、気軽に自分の動画を撮ることができます。水泳の北島康介が世界記録を塗り替えていた時期に、河合正治のビデオによるチェックがあったことは周知の事実です。

もう一つはコーチや練習仲間のアドバイスを参考にしながら、自分の客観的な姿と重ね合わせることです。コーチや友人のアドバイスは適切なこともありますが、一面しか見ていないこともありますから、そのまま信じるというよりは、そこから自分で想像する・考えることも大切です。考えるためには、練習や試合の後で大切な「気づき」をノートに書き留めておかなければなりません。

おいしいビールとともに、せっかくの「気づき」を流してしまえば、上達もお流れになってしまいます。そして次回の練習で、その動作を繰り返して脳と体に染み込ませます。「気づき」と「体得するまで繰り返す」の連続が、階段を一歩一歩上るような上達になっていきます。

トップ選手になるには「一万時間」が必要!?

「繰り返し」練習がどれくらい必要なのか、トップアスリートで考えて見ましょう。「天才か努力か」あるいは、「親から受け継いだ遺伝子か、それとも育った環境か」というテーマは繰り返し語られてきました。

見落としてはいけないことは、「生まれつきの才能」や「親からの優秀な遺伝子」を持っていたとしても、練習と努力なしにトップアスリートになることはできません。その練習時間はどれくらいでしょうか?

「一万時間の法則」というのがあるそうです。一万時間練習しなければ、スポーツでも音楽でもトップにはなれないというのです。一日4時間を週に5日、10年間続けると一万時間になります。それも科学的で濃密な練習でなければなりません。

〈 参考文献 〉
深代千之「大人の『運動音痴』がみるみるよくなる本」すばる舎 2012年
深代千之「『運脳神経』のつくり方」ラウンドフラット 2009年
D・エプスタイン「スポーツ遺伝子は勝者を決めるか? アスリートの科学」早川書房 2016年

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「スポーツのひろば」2017年12月号より